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2009/09/25

さよなら、ありがとう。

今日、最後のお別れをしてきました。

9月30日で閉園する多摩テックに、です。

タイトルを見てRX-8が対象だと思った方、負けです(笑)。

私は社会人になって親元を離れるまで八王子で育ちました。
生まれて初めて行った遊園地は、多摩テックでした(たぶん、ですが)。
閉園イベントで公開されている過去の施設の写真などを見ると、とても懐かしい気持ちでいっぱいです。ああ、こんなのに乗ったなぁ、と。

東京ディズニーランドができて、遊園地としてはすっかり足が遠のきましたが、最後に行ったのは、社会人になってから、レンタルカート(いわゆる遊園地のゴーカートではなく、ちゃんとした2ストエンジンのレーシングカートのレンタル)に乗りに行ったときでした。北千住のCITY KARTのように、舗装された広場にタイヤでコースをつくったようなものだったと思います。それが十数年前。関西勤務を終えて、東京に戻ってきたとき、既にこのレンタルカートがなくなっていたことにかなりショックを受けました。

また、以前からF1には興味がありましたが、初めて観戦しに行ったのは1995年の日本GPでした。そのとき、鈴鹿サーキット・モートピアのアトラクション、キャラクターを見て、「多摩テックと一緒じゃん」と思い、そのとき初めて、多摩テックと鈴鹿サーキット・モートピアが姉妹遊園地であること、多摩テックがHONDA系列であることを知りました。地元の小さな名もない遊園地だと思っていた多摩テックは、HONDAが日本のモータリゼーションの発展の黎明期に大きな志を持って開園したものだということを知り、感動し、その地元で生まれ育ったことを誇りに思いました。

今も多摩テックの観覧車が見えるところに住んでいますが、入居した頃は(だいたい10年前)、夏には多摩テックの花火がよく見えました。いつのまにか、その花火大会は中止(その頃から経営難?)となり、残念に思っていました。

閉園のニュースを知り、非常に残念と思うとともに、最後にお別れに行きたいと思っていました。夏休みは連日大盛況だったと聞いています。日野市内には、現場から相当離れた交差点にも「現在、大変混み合っております」といった看板をもった係員が立っていることがありました。身重のカミさん(多摩テック未経験)を連れてなので、あまり混雑しているのもどうかと思い、シルバーウイークの平日に行くことを決めていました。

その目論見はあたり、快晴の中、人はいるけど混雑していない多摩テックを満喫してきました。基本的には園内を見て回るだけでしたが、カミさんも楽しんでくれました。今回お別れしに行って、初めて気づいたことは・・・時間制アトラクションの終了合図が、例の「アドレナリン放出の音(※)」だった、ということです。園内のいたるところで、「あの音」が響いていました。もしや、この音をモータースポーツ(?)に使い始めたのは、多摩テックが日本で初めてではないか、などと思いながら、興奮する心(笑)を抑えました。

※いうまでもありませんが、筑波のコースインの音です。

物心ついてから、私にとって多摩テックは、そこにあって当たり前のものでした。
閉園してしまうのは、残念でなりませんが、これも時代の潮流であり、仕方ないでしょう。志を一にする鈴鹿サーキット・モートピアには是非ともこの志を引き継いで、いつまでも残って欲しいと思います。

最後にお別れを言いに行けてよかった。
ありがとう、多摩テック。

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コメント

ホンダという会社からまた一つ、本田宗一郎の意志のような物が消えてしまうようで寂しい限りです。

生まれこそ高円寺ですが多摩地区で育った自分にとっても多摩テックは最寄りの遊園地であり、また多摩テックのゴーカートは少年時代の車への憧れをささやかに叶えながらも、その憧れを更にしっかりと育んでくれる存在でした。
そんな少年時代から20年ほど経過した30歳を過ぎ、もてぎにお世話になるようになって初めてさわじぃさんと同じく鈴鹿・もてぎ・多摩テックの関連性を知りました。

うちの子供達も、かつての自分のように車への憧れを抱いているまっただ中というタイミングで多摩テックが閉園になってしまうのは仕方のないことですが、自分に出来るのは多摩テックにお世話になった人間として、少しでもライセンス更新やスポーツ走行でもてぎに貢献して恩返しする事のみです。

・・・というワケで、さわじぃさんももてぎをヨロシクw

投稿: kamekichi | 2009/09/25 21:10

kamekichiさん>

HONDAについては同感です。
ミニバンブーム、エコカーブームでラインナップからスポーツカーがなくなっても、子供に乗り物の楽しさを伝える、という活動をしていることこそが、他の自動車メーカーとの違いだと思っていますので。

もてぎについては・・・はて?

投稿: さわじぃ | 2009/09/26 07:59

ぴろろ~んぴろろ~~ん

投稿: エイトリアン | 2009/09/26 17:09

エイトリアンさん>

それ、あの音ですか?
擬音語なので、人それぞれですが、ずいぶんイメージ違うような・・・

私は、「ぴろりろりろ~ん」です。

投稿: さわじぃ | 2009/09/27 12:12

私は大学が近かったので、サークルのイベントで1度いったきりです。
もてぎのサイトでホンダの運営だということを知りました。
もう少し味わっておけばよかったと後悔です。
メーカーの自動車文化への取り組みがこの情勢の中削減されていくのは寂しさを感じます。

投稿: 青のエイト | 2009/09/28 01:41

青のエイトさん>

子供に乗り物を運転する楽しさを教えるという観点ではすばらしい遊園地だったと思います。

先日行ったときも、びっくりするくらい小さい子が(たぶん)電動のバイク(補助輪なんてないので、転ぶ可能性あり)のレッスンを受けていました。

しかし、サークルのイベントを多摩テックって・・・何したんですか?(キャンプ場?)

投稿: さわじぃ | 2009/09/28 22:44

>子供に乗り物を運転する楽しさを教えるという観点
そうなんですよ。
現在の子供=将来の顧客への需要喚起という
商業的な側面はあるとしても、でもそれだけでなく
もっと純粋に「車やバイクの運転て楽しいだろう?」
と、そっと優しく子供目線で教えてくれる感じ。
そこらへん多摩テック場内の大半の乗り物が
自分でハンドルを握る、アクセルを踏むor開く
というコンセプトで貫かれている事にも現れていた
・・・と思います。
まさに本田宗一郎が子供達に見せてくれた「夢」ですよね。
そう感じさせるのはトヨタでも日産でもマツダでもなく
ホンダだったから、というか言いようがないです。

このご時世、スポーツカーをやめるのも仕方ない。
でも、いつかまた再び造ればいい。
このご時世、夢を与える遊園地をたたむのも仕方ない。
でも、いつかまた再び造ればいい。
惜しむらしくは今のホンダからは「いつかまた再び」という
意志や空気を感じ取ることが出来ない事ですネ。。。

投稿: kamekichi | 2009/09/29 15:07

kamekichiさん>

> アクセルを踏むor開く

踏みっぱは、ゲームの中だけでお願いします・・・(笑)

冗談はさておき、おっしゃるとおりだと思います。

投稿: さわじぃ | 2009/09/30 01:14

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